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奪うことでしか居場所を作ることができない子供たち。 [教育]

 こんばんは、トリです。
 先日、中学1年生の男の子が先輩に殺害されたという事件がありましたね。
 昨日おとといは頭の中を整理していたので触れなかったのですが・・・
 本当に残念なことです。

 自分が大事にしている子供たちがこういった被害にあったら、
 正直私は自分で自分を抑えることができず、
 加害者の子供たちに手をかけてしまうのではないかとすら思います。





 今日は高学年向けのお話をしようと思っていたんですが、
 私の目線から、皆さんの子供を守るためにお伝えしたい事をまとめたので、
 ちょっと脱線させてくださいね。


 
 こういった犯罪・・・特に少年犯罪が起こる度に思うのですが、
 「未然に防げなかったのか」と、「なぜ起こったのか」ということです。
 ニュースで見ている限りでは、殺害された子供の周りにいた人々、
 逆に、殺害した子供の周りにいた人々が気づくことができたのではと感じられます。

 なぜ未然に防げなかったか、という所へのコメントは
 正直同じ教育者の人々への批判だけになりそうなので避けますが・・・
 私はこういった犯罪が二度と起きないようにすることを考えていきたいです。

 


 
 そのために焦点を当てたいのが、加害者の子供たちについてです。
 

 彼らが人を殺すほどの狂気を持ってしまった理由は、
 「彼らが暴力で奪うことでしか自分を主張できなかった」
 からではないでしょうか。
 まだ情報がほとんどないので何とも言えない部分も多いにありますが・・・

 人間は「性善説」と「性悪説」に説かれるように、
 善行も悪行も起こしうる生き物だとされています。
 
 「性善説」では人間には元々善行を行う生き物であるとされ、
 「性悪説」では人間は元々悪行を行うが、後天的に善行を学ぶ。
 私はどちらの意見にも同意しています。

 加害者の子供たちは、これまでに育ってきた環境の中で、
 人から愛されたり、褒められたり、大事にされるということを
 学んでこれなかったのだと思います。
 人間を大事にする、ということを学んできていたら、
 少しは違った結果になっていたのではないでしょうか。
 


 
 二度と同じような事件を起こらないようにするためには、
 今目の前にいる子供を認め、愛情に触れさせ、
 嫌なことがあっても、辛いことがあっても、
 巡りめぐって自分を不幸にするような行動をとらないように、
 何よりも自分を大事にする行動がとれるように鍛えるべきではないか、と私は思うのです。

 どんな子供であっても、良くも悪くもなりえます。
 素直で人の話を聞ける子はもちろん、やんちゃで危なっかしい子供であっても、
 とにかくその子供の表情を、しっかり見てあげてください。 
 時間はかかっても、子供は自分の事を見てくれた人をちゃんと覚えています。
 そして子供の表情を見ていれば、子供の変化に気づくこともきっとできますから。

 これからを生きる子供たちと、その周りが、少しでも明るくなればと思います。
 そのために私もしっかり子供を見てきますね。
 


 それでは今日はこのあたりで・・・おやすみなさい。




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